2020.11.06
君看双眼色 (君看よ双眼の色)
不語似無憂 (語らざれば憂い無きに似たり)
本日は相談役の横岡がブログを担当しております。
上記の言葉は経営の師匠から教わった言葉で、私の人生を支えてくれるものとして大切にしている言葉です。
先日のブログにも書きましたが、私は正しさを追求してしまうあまりに余計なことを言ってしまう癖があります。
愚痴や不平不満を言っても、より良い未来に繋がることはないので言わないほうが良いと思っていますがついつい口をついて出るものです。
だからこそ、この言葉を大切にして「語らなければ憂いが無かったように見える」生き方をしていきたいと願っています。
「沈黙は金なり 雄弁は銀なり」とも言いますが、なかなか黙っていられないので失敗してばかりです。
自分の憂いや悲しみを語らずに、ぐっと耐えていれば両の眼がやがて澄んでくる。深い憂いの分かる人になろう。重い悲しみが見える眼を持とう。
冒頭の言葉は、そんなふうに解釈されることもあるようです。語らないことによって、そんな人へと成長できればと願いこの言葉を大切に「人生を支える杖言葉」としていこうと思います。
誤解を恐れずに書けば「黙して語らず」が常に良いわけではなく、短期的に結果を求められるチームなどでは意見や提案を交わし合わなければ、自分の存在が無いものと同じです。
それは協調性ではなく、無関心からくるものですので、優しさではなく自己防衛に近いものかもしれません。
私はよくいろんなことを間違えてしまいますが、自分の憂いは語らず、優しさをもって伝えるべきは伝える。そんな人に成長していきたいと思います。
間違える自分を受け入れ、足元と先を見据え続けていれば、少しは眼が澄んでくるかもしれませんものね。
次回は東北ブロック幹事の遠藤さんがブログを担当してくださいます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。