新着情報

自由が丘1丁目一番地

青年部会

2021.03.26

皆様、本日は北のプリンス広川幹事より授かりました、大阪より専務の樋谷がお送りいたします。
私は(自由)をテーマに書かせていただきますね。

私は文章が書くのが苦手なのでこれで終わります。どう終わろうが私の(自由)なので。

冗談です(笑) ですがこれも(自由)の一つの形ですよね。
自由の意味にも色々ありますがこれは勝手気ままの部類でしょうか・・・。

私は最近まで自分は自由って事からは最も遠い生き方だなぁと思っていました。
長男として生まれた瞬間から両親の期待を一身に背負い、弟が生まれた瞬間からお兄ちゃんだからと
甘えることを取り上げられ、いずれは跡取りだぞと洗脳され(それすらも気づいていませんでしたが・・・)就職後も他の会社に修行に行くことも禁じられてましたから。

狭い世界に身を置きながら、自由意志を謳歌する友人たちを羨ましく思いつつあきらめにも似た
自分自身に対する言い訳を頭の中でグールグル。自由ってなに?状態です。

なので自由に対してかなりこじらせた固定観念を持っており、私の思う(自由)は世間一般のそれとは
かなりいびつな形をしていると自覚しております。

そんないびつな人間が社会に放たれたわけですから、当然周りの人たちが巻き込まれる状況は推して知るべし・・・。自由の意味をはき違えた人間が会社という小さなコミュニティで棚ぼた的に権力を持ったものですから始末が悪い。いびつな(自由)が人を傷つける事を知らないものですから、抑圧されていた分自由大暴れでございます。
皆様ご想像の通り、気づけば独り。ある意味自由。自由大変。自由怖い。
自分の浅はかさを呪いました。

自由は社会に認められてこそ、真の意味での自由なんだと遅ればせながら気づいた瞬間でした。
当たり前の事なんですが生きている人それぞれに自由の定義があって
譲り合い互いに尊重出来てこそ、自らの自由も認められる。

齢45歳にしてやっと理解した自由の意味

遂に私は(自由)になりましたとさ。お目汚し失礼いたしました!

それでは次回のバトン、私の中で勝手にニヒルな紳士ナンバーワン
山口が産んだ至宝 横岡相談役に『私のターニングポイント』をお題として書いていただきます!
乞うご期待!!!